〜今、僕らが出来ること
3月15日 7:12AM
電話が鳴っている。部屋の電話ではない、携帯電話だ。それほど眩しくはない朝の光が、カーテンの隙間から今日は曇りだと言っていた。
電話の相手はABAだった。今日はバイクか車か聞いている様だが、多少の雨が降った所で真のバイカーはバイクに乗る事をためらったりはしない。その事についてABAに話をしようとも思ったが、バイクで行くと決めたからバイクだ。とだけ伝えた。
同日 7:37AM
携帯電話が緊張感のある音を繰り返している。Tak’sさんからの電話だった。
今日は車での移動に変更になった様だ。路面状況やそれぞれのバイクの状況を考えると危険な走行を避けなければならない。勇気ある決断だと思ったが、ベランダから天を睨み、天気についての汚い言葉を低い雲に叩きつけた。
15分後、待ち合わせ場所までバイクで向かう。渋滞や誤道を繰り返して待ち合わせ時間に40分遅れで到着。
再スタートの為、Tak’s家に一度戻る。まるで、すごろくの様だ。
遅刻した俺が出した目は“ふりだしに戻る”だった。
序章
駐車場のおじさん
さて、マスターに良く似た(本人達も驚くほど似ていた)駐車場の主人に別れを告げて養老渓谷に出発だ。途中でmasaとABAを拾い高速へ向かう。そして今回は慰安旅行の意味合いで行くので
こんなイベントは用意していないし
ましてや
これなんて、有り得ない。
ツーリングでもない、単なる旅行なのだから。
出発
慰安旅行。そう思っていた。目的地は千葉だ、海も山もある。
海でカジキを釣ったり
突っつかれたり
撃ち合い位はあるかも知れない。
でも、僕らがもう冒険の入り口で立っている事に気が付いたのは、少し先の事だった。
覚醒
Tak’sさん、マスター、masa、ABA、@dの5人は高速道路に乗って千葉県に到着。そこでgenちゃんと合流して養老渓谷へ車を走らせた。 不可思議な道を抜け、宿の看板を見つけた時には 安堵感と同時に奇妙な不安感も何故か感じた。 このトンネルを抜けた先に冒険の意味を知る出来事があったからだ。
トンネルを抜けたすぐ先に、宿泊先“川の家”があった。女将に挨拶を済ませ、一通りの説明を受けた後に風呂へ行こうとしたが、目の前だが窓の外を流れる川のせせらぎが急に頭の奥に響く気がした。
誰かが呼んでいる。川の方から誰かが呼んでいる。俺が感じた事は部屋の中にいる全員が感じていた。
大きく息を吸い込み、旅館の入り口の戸を開ける。一歩外に足を踏み出した途端、呼ばれている事は確信に変わった。
喉が渇く、空気が重い、眼球がレンズの役目を果たしていない。視野が極端に狭くなり、辺りの山がこちらに迫ってくる様に感じる。頭の中には声ではないが、明らかに僕らを呼んでいる意思が伝わってくる。それでいて恐怖はなく、足は川原に向かって進んでいく。 川原に降りると、タンポポが自分の種子を飛ばすかの様に体の中から小さな意思の様な物が飛び立って行き、違和感も薄れていく。そして、小さな意思達は川原にある石に吸い込まれていった。 マスターはその石を見つめた後、何も言わず手刀を振り下ろした。
何かが溢れだした。川に流れる水、周りの木々、川原の石、この空間に存在する全ての物が、一斉に息を吐き出した様な感覚。深い深い海の底から生まれた酸素が、海面に向かって長い間のぼり続け、海面に辿り着き、静かに弾けた様な感覚。 全てが消滅し、同時に全てが生まれた。 その時、一つだけ目を覚ました物がある。 UZURAが目を覚ました。
UZURAの大冒険
僕はUZURA。山の奥で生まれた。生まれてすぐ、旅に出たんだ。
川を下って知らない町に行って母さんを探した。険しい山も越えて父さんを探した。でも、誰も知らないって言うんだ。
危ない目にも合ったよ。 でも、友達も出来た。 でも、誰も僕の父さんと母さんを知らないんだ。
やっと知ってる人を見つけたんだ。僕の父さんと母さんは八景島って島にいるんだって。でも、僕はまだ子供だから会いに行っちゃいけないんだ。 友達がもっと出来たら会いに行ける?もっと大きくなったら会いに行ける? 誰もその答えは知らないって。でも、僕には仲間が必要なんだって事は教えてくれた。
もっと遠くまで行かなきゃいけないんだ。 僕の知らない町にまで、遠く遠くまで行かなきゃいけないんだ。 そうしなきゃ、きっと仲間なんてみつからないもん。 前に聞いた事がある、海って所にも行くんだ。 きっと仲間がいるはずだから。
UZURAの大冒険U
食べられそうになった事だって、何回もあるんだよ。 洞窟も探検したよ。外の世界は大変なんだ。
ギャングの街も大変だったんだ。 すぐに見つかって追いかけられたんだ。 でも、やっつけた。
でも、弱点を見つけたから、どうにか勝てたんだ。 少しだけ、かじられたんだ、この時は。
こんな所で食べられる訳にはいかないんだ。まだ、仲間にも会ってないんだから。
仲間は探したよ。でも、見つからなかった。 すごく探したんだ。毎日毎日探したんだ。それでも、仲間は見つからなかった。養老渓谷、ここで待つ事にしたんだ。石の中に入って、本当の仲間が僕を見つけてくれるのを待つ事にしたんだ。何年掛かるか解らないけど仲間が来るまで待ってみるんだ。そうすれば、母さんと父さんに会えるから。
仲間
どうやら、UZURAは仲間を探していたらしい。そして、僕らがその仲間だと言うのだ。
確かに愛嬌もあり、心なしか仲間意識を感じる気もする。かと、言って急に仲間と言われても実感はない。
まずは、マスターの歓迎のポーズ。 UZURAには理解できたらしく、大笑いした後に一杯の茶を要求してきた。 UZURAがお茶を飲み干した頃、僕らには仲間意識が当然の様にあった。ABAに関しては兄弟の様な感覚すら覚えたらしい。
そしてABAはいつもの様に倒れていった。しかし、今回はUZURAも一緒だ。仲間が出来た安心感か、UZURAも眠っている。
その時、部屋の電話が鳴った。マスターが電話口にでると相手はUZURAの父親だと名乗った。
彼はUZURAが迷惑を掛けていないか心配していた様だ。全てを解っている様子で、今までの経緯と自分達の住所をマスターに伝えた。masaがそっとUZURAを起こし電話口に運んでやった。
こうなるので、父親はすぐに変わってくれとは言わず、マスターに伝言したのだ。
そして、僕らは温泉に入り夕食の時間を迎えた。 UZURAは温泉に入ると変色してしまうらしいので、内風呂に入ってもらった。
宴
宴会の始まりです。 鮎の塩焼き、イノブタ鍋、鯉のアライ、煮物に山菜、うなぎ等の夕食。 何よりも白米の美味しさに喜びを覚えた。予約は5人だったが、浴衣を着ているのでも6人。UZURAを入れると7人の宴会になったが、文句も言われる事なく、楽しい時間を過ごすことが出来た。
UZURAは好き嫌いが多く、肉も貝類もウナギもメロンも嫌いだと鍋のゴボウばかり食べていた。すぐに満腹になり、食卓で遊びだして危険なので、閉じ込めておいた。
UZURAが記念に写真を撮ると言い出したので、コップから出してやったがシャッターを押せないところが
カワイイとみんな思っていた。
宴の後
夕飯を食べた後はカラオケだ。良く寝る奴は歌が好きとは、昔の人は良く言ったものでABAとUZURAの熱唱で幕を開けた。
鈴木雅之が得意らしく、予約するのは全て鈴木雅之だった。 ABAの歌が終わるのを一服しながら待っている。
その時だ。ハシャギすぎた手前の男が、UZURAの小さな足を踏みつけた。
カラオケの電源は抜かれ、テーブルは端に寄せられた。
全員整列!
教祖誕生
謝る他に何が出来よう。 恫喝に暴力、それは肉体にも精神にも十分過ぎるほどの恐怖の種を植え付けた。 その種は一瞬にして、芽を出し葉を押し広げ、心の外も中も否応無く根を張り巡らせた。 恐怖の生まれる場所は、ここにあった。 温泉が湧き出るのと同じ様に、この部屋には恐怖の冷たい根が湧き出る様に僕らを包んでいった。 そして、
うずら教が生まれた。
おしまい。
おとう@d03/03/21